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わずかな光とかすかな閃きを糧に今日もフラフラ漂う「穂葉」の思いつき小説もどき格納庫です。


by hoba-rhapsody

「ある晴れた日に 傘を差して 手を伸ばして」


冬にしては、暖かな日が続いてた。まるで水で薄めて滲んだ墨汁のような色をした、一面の曇り空で、その雲のわずかな隙間から、途切れ途切れに差し込む日差しは弱く、太陽の熱の恩恵は無い。それでも寒さをあまり感じないのは、風が吹いていないからだろう。

その日は土曜日で休日だったが、私は昼頃に学校へと向かった。学校へは、自転車で行く。
10分程度の道中は一面田んぼと道路が広がっており、見るべきものも寄る場所もない。無趣味無所属の学生である私が休日に学校へいくのは稀なケースで、滅多にない。今日がそれで、忘れ物を取りに行く必要があった。

とりたてて何事もなく、校舎へとたどりついた。自転車をスタンドでその場に固定し、教室へと向かった。ドアが開いており、中で物音がした。

そこには彼女が、自分の席について、所在なさげにボールペンを手で弄んでいた。窓の向こうでは、太陽が分厚い雲に遮られ見えなりつつある。他に人はいない。

彼女は唐突に、眠そうな、気の抜けた様子のまま言った。

「あー何か面白い事ないかなぁ」

私はそれには答えず、ゆっくりと窓際の自分の席に向かう。彼女とは面識が無かったし、とりたてて答える必要も感じなかったからだ。

「世の中うまくいかないものね。寒いし。面白くない」

「いつまでたっても曇り空。何の面白みもないわ」

なぜだろう。
一人ぶつぶつと呟いている彼女の様子を盗み見ているうちに、その様子がちょっぴり面白い様に思えてきた。
だんだん私は答えるべきかと思いなおし始めていた。次何か言ったら答えてやろう。そう思った。そうこうしているうちに、私は目的の物を見つけ出した。

なんだっけ。…そうそう、弁当箱だ。

机の奥深くに突っ込んであったそれをひっぱり出したら、後はもう教室に用は無い。足早に外へと通じる扉へと向かい、教室の外へとでかけた時だった。

「環境を変えれば、勉強がはかどると、思ったんだけどね」

彼女がぽつりとつぶやいた。身体ごと向き直って彼女を見れば、やっぱり眠そうな顔のまま。

そのまま、スライド式のドアを後ろ手に閉め、私は頷いた

「うん。そりゃ、環境を変えただけでは、駄目だろうさ。やる気を出さないと」

「…なるほど」

そこで初めて、彼女は私に気付いたとでもいうように、顔をこちらに向けて、

「あ」その顔に驚きの表情を浮かべた。そして、せかすように私に言う。

「ねぇ。傘もってない?」

「ん。折り畳み傘なら、あるけど。何で?」

「ううん。折り畳みじゃダメ。透明なやつ、ない?」

彼女は首を振ってそう言った。
私はしばらく考えて、答えてやる。

「ビニール傘?それなら、昇降口にあるかもしれんな。でも、何でだ。雨でも降ってきたのか」

「ああ、なーるほど。んじゃ、あたしは一足お先に失礼するね」

「って、おいこらっ」
彼女はあわただしく教室から出て行った。

「一体なんだってんだ?」

薄暗い部屋で、私は一人ごちた。
ふと、見上げた視界の端。窓の向こうにその答えはあった。

雪が降っていたのだ。一面、綿ぼこりのような雪がひらひらと舞っていた。

そして、校庭に彼女の姿があった。雪と同じようにひらひらと傘を回して、その度に透明な傘が冬で彩られていくのだった。
by hoba-rhapsody | 2010-02-28 23:49 | SS格納庫